だいぶ間があいてしまいましたが、春の大阪城公園散策の続きです。
桜見物で超満員の極楽橋を通り過ぎて西側にやってきました。
位置的には、西の丸庭園の北仕切門跡のすぐ近く、下の地図で薄い赤で丸く囲んだあたりになります。

この辺りには、なぜか一対の『狛犬』がいます。

もちろん豊臣時代や江戸時代にはなかったものです。
表示板には『こま犬』と書かれていますが、左右両方の像の口が開いているので細かいことを言うと狛犬ではなくて『獅子像』ですね。

分かりやすい例えで言うと、ペニンシュラホテルの玄関前にある一対の獅子像、あれと同じような感じのものです。
あたりさわりのない説明書き(笑)によると、どうも中国・天津市庁舎前にあったものを日本軍が中国から勝手に持って帰ってきたみたいですね(汗)

後々お返ししようという動きがあったけど、中国政府から大阪市へ日中友好の証として寄贈されて今このようなかたちでここに鎮座していると。
明の時代につくられたものということで、年代的には1368〜1644年になるのですが、そのころ日本で何があった時代なのか調べてみると…。
1368年は足利尊氏が征夷大将軍に任じられた室町幕府の初期、1644年は徳川幕府三代将軍・徳川家光の時代ということで、室町幕府から江戸時代初期にあたるようです。
そういえば世界史で『日明貿易』とか『勘合貿易』というのを習った覚えがありますね。

中日国交正常化40周年記念植樹の碑(日中国交正常化は1972年)。
今思い出してみると、私が子供の時は中国と日本の関係性は今より穏やかだったように記憶しています。

この辺りは大阪城内の他の場所に比べるとあまり人が多くなくて、とっても静かです。
いろいろな国籍の人たちが思い思いにゆったり散策していて、こんな自由で平和な時間と空間が今の時代とても貴重に思えました。

コメント(承認制★反映までしばらくお待ち下さい)
こんにちは。。
勝手にもってきたモノが寄贈扱いとなって、
今もこうして役割をはたしているって、おもしろいですね(^o^)
いにしえの時代から、時の政権がおちついて強力になると、
他の国もわがものにという征服欲はあったのかと思います、日本も中国も^^、もちろん他の国々も。。
お国がより強くなるよりも、
こうしてこのような公園を、平凡に散歩できる環境を保ってくれるほうが、
結局は喜ばれるのかなと思うのですが。。
コスモさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
ほんと、狛犬が出来たのは丁度戦国時代ごろですが
まさか海を渡って同じ頃に出来たお城に鎮座することになるとは…。
政権が強力になると他国にちょっかいを出すというのは、本当にそうだと思います。
今は逆に出されている方ですがw、因果は巡るというやつでしょうかw
誰でも自由にゆったり散歩できる公園で、いろんな国の人とすれ違うと
世界全体がこんな感じだといいのに…、きっと他の国の人も散歩しながらそう思ってると思います。
ほんと日中関係は良かったですよね。
「〇〇あるよ」とか中国人風に言ったりしてましたねw
それが教育次第でこうも変わってしまって悲しい限りです。
こうなると昔のようには戻れないですよね、向こうが。。
たたとあさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
そうですよね!
「〇〇アルヨ」って言ってましたねw懐かしいです。
皆同じような服を着てゆったり自転車に乗ってるイメージだったのが
今や高層ビル&電飾ピカピカの大都会になってますし。
いつからああいう教育というかキャンペーンみたいなの始まったんでしょうね。
子供の時に見たドラマとか映画は大人になっても心に残ってますし、先行き不安ですねw
日本や中国に限らずですが、どこも隣国とは喧嘩しがちなので出来る限り仲良くしたいもんですよね。
まさに今、移民問題のニュースをよく目にしますが子供達のためにも政府がしっかりして欲しいです。
つおい王子さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
確かにお隣同士で喧嘩してる国多いですよね。
あれは何でなんでしょうね。
もめる位近くて交流もあるということなのでしょうか。
移民問題と政府の移民対策、すごい気になります。
こっちの小学校では日本語話せない子たちも増えてます。
それでも皆でコミュニケーション取りながら一緒に遊んでるから不思議です。
純粋で心のきれいな子供達に学びたいものですねw