大阪城公園・京橋口の肥後石

大阪城公園にはいくつか入口がありますが、北方向に京橋口という入口があります。

大阪メトロ谷町線・天満橋駅からが一番近いのですが、今となっては他の入り口に比べて人が少なくてマイナーなエリアになります。

『京橋口』なのに最寄り駅が天満橋駅なのは何故?という疑問がわくのですが、その話はまた後日の『京橋』の記事で…。

今はマイナーと言っても、豊臣時代には京街道の起点だった『京橋』に一番近い玄関口で、大阪城で二番目に大きな石『肥後石』が鎮座することからも大事な場所であったことがうかがい知ることができます。

ちなみに、大阪城で一番大きな石『蛸石』については、以前の記事でご紹介しました。

AIさんによるとこの『京橋口』は、「江戸時代、大坂城代(将軍直属、西国大名監視・城郭管理の最高職)の下、城の防御要所として「京橋口定番」が置かれていました。寝屋川に架かる京橋(京街道の起点)に面した京橋口は、肥後石などの巨石が残る枡形(防御構造)を擁し、定番2名と与力30騎、同心100人が守護する名所」だったようです。

この京橋口の『肥後石』、大きさは縦5.5m×横14m(約54.17㎡)、畳33枚分になるそうです。

巨石をみるたびに思いますが、どうやってここまで運んできたんだろうって思いますね。

…って、石のドアップだけでは大きさ分かりにくいので引きの写真をアップすると。

一番大きな『蛸石』は岡山県の犬島産、そしてこの『肥後石』は香川県の小豆島産らしので、瀬戸内海から大阪湾、そして大阪湾からは川をさかのぼってここまでやってきたのだと思うのですが。

一体どうやって船から上げ下ろししたんだろうと考えると、かなり労災発生率の高い専門的な作業だったのではと想像します。

一体どうやって…と言えば、私の自転車(写真の左端に映ってるやつw)。

この4月から傘とか日傘とか自転車につけられなくなったのですが、一体どうやって夏場の日焼けを防いだらいいのか途方に暮れています。

今まで自転車の一部だった『さすべえ』を使うのが法律違反になるだなんて…。

明治維新の時に帯刀禁止令が出されて途方に暮れた武士もきっとこんな気持ちだったのではないでしょうかw

…とかなり話がそれちゃいましたがw、次回、京橋口近くの狛犬の記事へと続きます。

 

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最後まで読んで下さり
どうもありがとうございました。
この記事が何かのお役に立てたら
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  1. ほんと400年以上も前に、こんなデカい石をどうやって運んでどうやって組み立てたか、、凄い不思議ですよね。
    今私に作って♪と言われても作れませんからw

    さすべえ…あれは、そのような名称だったのですね♪
    この夏の大阪のおばちゃん、どのようにチャリに乗るのか興味ありますw

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