先日、子供の英検受験のため藤井寺を訪れたのですが、試験の間・1時間半は保護者は別室待機だったので、とても寒い日ではありましたが、せっかくなので近辺の散策に出かけました。

実は藤井寺や羽曳野、そしてその周辺エリアは、京都の平安京や奈良の平城京よりも古い時代の、遺跡や天皇陵がたくさんある地域として、歴史ファンの間では有名な場所なんです。

できれば、有名どころの『応神天皇陵』などに行けたら良かったのですが、1時間半しかなかったので、主に試験会場周辺の『辛國神社(からくにじんじゃ)』、そして 『辛國神社』が創建された頃に国を治めていた天皇のお墓『雄略天皇陵』を訪れました。

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大阪みどりの百選に選ばれた参道のある『辛國神社』


『辛國神社』という、この少し変わった名前の神社は、 藤井寺駅から歩いて10分弱の所にあり、すぐ近くには『仲哀天皇陵』があります。

小さな神社ではありますが、約1500年前に創建された、とても由緒ある神社です。


正面入り口の鳥居から入って、その先に150~200メートルも続く、長い長い参道を進むと、一番奥に御本殿と、少し珍しい敷地の形をしています。

木々の間から木漏れ日が降り注ぐ、この長く趣きのある参道は、『大阪みどりの百選』にも選ばれています。

地元の方の散歩コースになっているようで、こんなに静かで落ち着いた参道をお散歩できるなんてうらやましい限りです。

神社探訪が久しぶりすぎて、毎回狛犬を撮影することになっているのに、その段取りをすっかり忘れていましたが、頭が平べったい個性的で可愛い狛犬さんがおられました。

本殿にお参りさせていただいた後、境内にある末社・春日天満宮にも立ち寄り、準備不足で試験に臨んだ我が家の愚息(笑)が、この近くの学校で試験を受けている旨、ご挨拶とご報告を申し上げました。

下の写真では、左の末社が「春日天満宮」、右端の末社が「春日稲荷神社」で、室町時代ごろに、その名の通り、奈良の「春日大社」から分祀されたそうです。

話はそれますが、「春日大社」では今、大社宝庫の屋根裏から見つかった貴重な日本刀「古伯耆物(こほうきもの)」が一般公開されています。

なんで日本刀が屋根裏に?というのは、まだ分かっていないらしいのですが、我が家もリフォームの時、屋根裏から軍刀が出てきてビックリしたことがあるので、なんか個人的に親近感を持ってしまいました。 (軍刀のお話は、いつかブログでご紹介しますwww)

春日大社・創建1250年を記念した「伝説の名刀たち」というイベントで、今年2018年3月26日まで展示されているそうなので、私も、もう少し暖かくなったら、見に行こうと思っています♪

辛国神社に祀られた最初のご祭神は、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)。

御由緒によると、創建は、約1500年前の雄略天皇の時代。

当時藤井寺周辺を治めていた物部氏が、一族の祖と言われている饒速日(ニギハヤヒ)を祀ったのが始まりのようです。

ほか、春日大社の天児屋根命(アメノコヤネノミコト)、長野神社の素戔嗚命(スサノオノミコト)が、後に合祀され、現在に至っています。

ニギハヤヒというのは、本当に不思議な神様(人物)で、正確な記録が残っていないため、本当に実在したのかさえも、誰にも分からないのですが、私はいたと信じる派です。

神武天皇一派との戦いに敗れたので、歴史上から、存在の痕跡を消されたり、あれこれ改ざんされたりしたけれど、これは戦いに敗れた者がたどる宿命で、致し方ないことだったのかもしれません。

現代に生きる者は、こういった歴史ある神社を訪れることで、ニギハヤヒが本当にいたかもしれないという痕跡を、かろうじて感じることしかできませんが、それだけでも古代史ファンとしては興味深いです。

ニギハヤヒのファンとしては、個人的に興味深い神社探訪となりましたが、同時に、森林浴もさせていただき、よいリフレッシュになりました♪

次回は、『雄略天皇陵』 のお話です。

この後、すぐ近くにある、仲哀天皇陵まで足を延ばしたのですが、天皇陵があまりにも広すぎて、陵の正面玄関まで行くと、試験終了後のお迎えに間に合わないと判断し、こんもりとした緑の丘とお堀だけ見て、その場を後にしました。

そう。古墳って、空から見ると前方後円墳ですが、地面に立ってみると、ただの池と丘なんですよね(笑)

考えてみたら当たり前のことですが、現物を見て、ちょっと脱力しましたwww

試験会場の方に戻ると、中途半端に時間が余ったので、ちょっと早足ぎみに、雄略天皇のお墓(雄略天皇陵)にも、お散歩してみました。

次回は、雄略天皇陵と、お堀にいた水鳥たちをご紹介します。

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コメント

  1. こんにちは!

    「空から見ると前方後円墳ですが、地面に立ってみると、ただの池と丘なんですよね」

    そうですね(笑)

    これ知らなかったら、私も期待して観に行きそうです!

    • たたとあさん、こんにちは。

      いつもありがとうございます(^o^)

      >これ知らなかったら、私も期待して観に行きそうです!

      そうなんです。
      全ては、古墳に対して過大な期待を抱いてしまった私の自己責任なのですが、歩いても歩いても池と丘で、心が折れてしまいましたw

      歴史ファンの私でこんな体たらくなので、歴史に興味のない方は、なおさら「何コレ?」ってなる可能性大だと思いますwww

  2. こんにちは。。

    寒い日のようでしたけど、大変由緒のありそうな神社でリフレッシュすることができて、よかったですね~♪
    4枚目の画像は、なんだかパワースポットのような趣が^^
    それにしても1500年前、平安京の前の時代ですか、、はて、その時代の有名人や事件といったら、まったくもって思い浮かびません。なんだか歴史の教科書からその名がなくなるかもといわれている聖徳太子が活躍した時代あたりに建立されたのでしょうかねぇ(汗。。
    雄略天皇・・・、はじめて目にします、、勉強になります。。
    古代史フアンにとっては、ロマンをはせることができる場所なんでしょうね♪
    私もPCの画面上ですけど、有意義な体験をすることができました。。ありがとうございます^^

    コメありがとうございました。。
    あの画像は、家内からのLINEの画像をそのままのせました。。
    時々、突拍子もないことをはじめるキライがあります(汗。。

    私も娘とのチャンバラでさえ、手加減を忘れてしまいそうになります。。
    ましてや息子さんとの勝負とあれば、気持ちがアツくなるのは、当然かと思います~♪

    • コスモさん、こんばんは。

      いつもありがとうございます♪

      雄略天皇の時代は、確かに聖徳太子を基準にすると分かりやすそうですね。ちなみに雄略天皇は、用明天皇(聖徳太子のお父さん)より10代前の天皇で、年代にして100年位の開きがあるそうですよ。

      >4枚目の画像は、なんだかパワースポットのような趣が^^

      そうなんです。あの写真の光がさしている部分にあるのは、神社一大きなご神木で、おっしゃる通り、温かくも不思議な雰囲気の漂う感じで、いわゆる「パワースポット」と呼ばれる場所なんだろうなと、私も感じました(^o^)

      娘さんとのチャンバラへのコメントに対するご丁寧な返信も、ありがとうございます。

      確かに、手加減を忘れて勝ちに行こうとしたこと、そういえば私もありました(笑)

      身体を使って親子で遊ぶ機会って、小学校を卒業した途端に激減しますので、コスモさんも娘さんとのチャンバラを沢山楽しんでほしいな~と思いながら、記事を楽しく拝見させていただいた次第です(^o^)

  3. いいですね~
    私は歴史は疎い方なのですが、
    りんママさまの解りやすい解説についつい読み入ってしまいました。
    「羽曳野」は以前さだまさしさんのトークの中で出て来たので
    名前だけは知っていました。

    いつか神社・仏閣を撮影しながら巡ってみたいと思っている私にとっては、
    すぐにでも行ってみたいと思える場所ですね。
    画像からも、すごいパワースポットである事が伝わって来ます。
    野鳥とかも現れそうなところですね。

    う~ん、行ってみたいなぁ・・・^^

    • よんだーさん、こんばんは。

      いつもありがとうございます(^o^)

      さだまさしさんって、お話が上手ですごく面白いですよね。それにしても、羽曳野をご存じとは、ビックリです。

      神社・仏閣めぐり、いいですね。神社・仏閣を訪れると気持ちが安らぐので、私も大好きです♪

      古墳は、一般の人はお堀の奥の墳墓には一切立ち入ることができないので、野鳥を含め、小動物たちの楽園状態です。

      特に、仁徳天皇陵や応神天皇陵など巨大な墳墓では、野鳥を見ながら外周を散歩するという、趣味の会も催されているみたいですよ。

      北海道にいる鳥とは、また違った鳥が観られるかもしれませんね♪

コメントありがとうございます!